- 渡辺 知保
- 長崎大学熱帯医学・グローバルヘルス研究科教授、プラネタリーヘルス学環長
2023/03/17
2015年に発表され世界中に広まった「プラネタリーヘルス」という新しい概念。長崎大学でも2020年に「プラネタリーヘルスに貢献する大学」を目指す宣言を行い、日本におけるプラネタリーヘルス活動のイニシアティブをとっています。注目を集めているプラネタリーヘルスとはいったい何なのか。プラネタリーヘルス学環長を務める渡辺知保教授に話をお聞きしました。
目次
人間と地球の健康を考える新しい概念
プラネタリーヘルスはどのような概念なのでしょうか。
プラネタリーヘルスはヘルスの分野から生まれてきたものです。健康の概念は人間の経済的発展や社会生活などに大きく影響を受けていて、1990年代には国境を越えた健康問題に取り組む“グローバルヘルス”、2000年代には人・動物・環境の相互影響を重視した“ワンヘルス”というように変遷してきました。
そして2015年。人間・社会の健康と地球の健康は相互に関係している、と考える「プラネタリーヘルス」の概念が世界的権威のある医学誌『ランセット』によりデビューしました。この背景には既存の枠組みでは対処できない課題に対処する新たな概念が必要だという想いがあったのでしょう。
人間と地球の持続可能な共存を目指すプラネタリーヘルスは、地球環境の変化と人間の健康の関係からアプローチすることで健康の課題と地球規模の課題を解決していく新たなプラットフォームだと考えています。
より幅広く、よりシステマティックに
「ヘルス」という言葉を聞くと「健康」=医療・保健分野をイメージする方も多いと思います。私たちにとって身近な「健康」という課題を地球環境と結び付けて考えていくにはどうしたらよいのでしょうか。
地球の健康や環境の変化と聞くとスケールの大きなものだけを考えてしまいがちです。でも、人間も地球の一部。私たちの身の回りも全部地球に繋がっているんですよ。
例えば、自動車を走らせればCO2は地球上に広がって温暖化に影響します。食材も日本から遠く離れた国からやってきているものがあり、ある意味では私たちの毎日の食事が他の国の土地や水に負荷をかけていることになるわけですね。そういう生活に関わる物事や事象において、それらが「起こる前」や「起こった後」はどうなっているのかを意識するというところから始めてみると良いと思います。
グローバルヘルスでも環境と健康の関係が全く考えられていなかったわけではないのですが、そこをより幅広くもっとシステマティックに考えていこうというのがプラネタリーヘルス。人間の社会を守っていくためにさまざまな地球の課題を自分の問題としてとらえることが大切なのではないでしょうか。
プラネタリーヘルスとSDGsの違いとは
プラネタリーヘルスとSDGsの違いとは何でしょうか。
SDGsが採択された2015年から、掲げられた17の目標の達成に向けて世界中で積極的な活動が行われています。日本でも国や自治体、企業、学校などで取り組んでいますよね。その一方で、SDGsの活動がコンフリクトを招く可能性もあることについては、あまり注意が払われなくなってしまいました。
食糧不足を解決するために森林を切り開いたとしたら飢餓の問題は解決できたが生態系にネガティブな影響を及ぼすかもしれない。
・・・つまり、SDGs本来の「17目標のお互いのバランスを考える」ということが、いつの間にか一部の目標だけを選んで取り組む場合が増えているように思います。こうした状況で2030年を迎えた時にSDGsの一部の目標が達成されていても、その後に無理が出てきてしまうことに警鐘を鳴らしている研究者もいます。
プラネタリーヘルスもSDGsも次代や未来のことを見据えて「持続可能な世界を目指す」という本質は同じです。ただ、プラネタリーヘルスは長期的な視点を持ち、自然と人間の関係を明らかにしてコンフリクトが生じる弊害を避けて進む道を見出す。SDGsの一歩先を進む概念だと考えています。
- 渡辺 知保
- 長崎大学熱帯医学・グローバルヘルス研究科教授、プラネタリーヘルス学環長
- 1989年東京大学大学院医学系研究科単位取得済退学。
2005年~2017年東京大学大学院医学系研究科・教授(人類生態学)、2017年~2021年国立研究開発法人・国立環境研究所・理事長、2021年より現職。東京大学名誉教授。保健学博士。日本健康学会・理事長(2017~2023年)、環境科学会・会長(2021~2023年)、日本学術会議第2部連携会員、Society for Human Ecology元第3副会長、Ecological Society of Americaヒューマンエコロジー部門元部会長も務めている。 - 1989年東京大学大学院医学系研究科単位取得済退学。